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大人の恋、最後の恋の始め方

いくつになっても恋したい。本気の恋、最後のオンナになるために。

「誠実」という名の勘違い

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「なんでも語ってくれる人は、真面目で誠実な人だ」

そう思っていた。

わりと最近まで。

婚活で会った人でも、婚活以外で会った人でもいい。

前の結婚生活のこと。

付き合っていた彼女のこと。

こちらが聞いたことに、真面目に真剣に答えてくれる人が誠実だと思っていた。

が、今のパートナーは前の結婚の話や、奥さんの話をほとんどしない。

どうしても触れなくてはならない場合は、

「前の結婚時代の話で申し訳ないけれど」

と「枕詞」をつけるくらいだ。

ある程度の人生経験を踏んできた人間なら、

人生が美しい場面ばかりではないことくらい知っている。

立派な大木にも、美しい花にも

種の時期があり、小さな芽の時代があったことは、誰でも知っている。

種は、もしかしたら、サルのウンチに混じって運ばれたのかもしれない。

まあ、「サルのウンチにいた時代」をオモシロ可笑しく、「ネタ」にして、

自分も相手も笑い転げることができるなら、話をして楽しむのも一興だ。

でも、「触れられたくない時代」だと、自分が感じていたり、

相手が「なんとなくツライ気持ち」になったりしてしまうなら、

わざわざ「サルのウンチ時代」を話す必要はない。

「日照り続きの夏もあったでしょう? どれくらいシワシワになったの?」

とかね、いちいち聞かなくてもいいことなのだ。

(すっごく笑えるネタなら聞きたいけれど…)

今目の前にある大木や、花に対して、

「根っこもみせてくれ」

と、掘り返す人はいない。

「根っこもみてくれ」

と、自ら根っこを見せびらかす木や花もない。

今、素晴らしい大木であること

今、美しい花が咲いていること

それを「素晴らしい」と認めて、

大木が大木であり続けるよう、

美しい花が咲き続けるよう、

祈り、大切に守ることができれば充分だ。

いや、充分どころか、それこそが一番の重要ポイントだ。

種がウンチに混ざって運ばれたのか?

はたまた、風に乗って運ばれたのか?

そんな「過去」は、知らなくていい。

知らせなくていい。

美しい想像に任せるのが「オトナの美学」だ。

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