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大人の恋、最後の恋の始め方

いくつになっても恋したい。本気の恋、最後のオンナになるために。

メンタルの強い人

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受験生にかかわる仕事を長年してきた。

今はしていないが、この時期になると「来たな」という気分になるから不思議だ。

受験までのカウントダウンが始まり出すと、メンタル面の維持が勝負の分かれ目になる。

大人になってしまえば、受験だって「思い出のひとつ」くらいになるが、

本人は、生きるか死ぬかの分かれ目くらいに思っている子だって少なくない。

で、そういう「ものすごいこと」に直面していればいるほど、

「ムダな動き」をしだす人が多い。

受験勉強の本来の目的は、合理的に点数をあげて、合格する確率を増やすこと

ただこれだけだ。

が、不安に駆られた生徒は、睡眠時間を削り、 ものすごい時間を勉強に当てるのだが、

「それは君、すでに出来る問題でしょう?」

という問題ばかりを解いたり、

今までの膨大なノートを美しくまとめなおしたり、

「それやっても点数変わらないよ」

ということに労力を使い出す。

あるいは、一見正反対のパターンもある。

受験勉強すべきなのは、重々承知なのだが、

マンガやスマホや、その他もろもろを手放せなくなるパターンだ。

実は、正反対に見えるが、深層心理は同じだ。

「君は十分に頑張ったよ。仕方ないよね」 →「結果は出せなかったが、努力した」

あるいは、

「本気になれば受かったのにね」 →「結果は出せなかったが、本当は実力はあった」

という、「受からなかった場合」の「逃げ道」がほしいだけなのだ。

これは、別に受験生に限った話ではない。

大人だってやるし、私だって、しばしばその罠にはまりかかる。

欲しいのは「結果」なのか?

それとも「仕方ないよね」という逃げ道なのか?

そこがブレそうになった時にきちんと修正できる人が、

いわゆる「メンタルが強い」のだと思う。

婚活でも、恋愛でも、結婚生活でも同じだ。

出したい結果が「幸せ」なのか?

それとも、

「私は間違っていない、私は努力した」

という逃げ道なのか?

今、幸せな人も、しばしば修正していくことって、本当に大切だ。

「私は間違っていないし、努力もした」けれど、「不幸せ」なら本当に意味がないのだから。

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